
この「相棒を脚本家で読む」シリーズは、
あくまで、放送回の情報だけで読む“批評”である。
掘ろうとすると止まる感触もある一方で、
輿水氏回でしか観られない面白さがあった。
その両方を書いて、公平にまとめたい。
豪華な“仕掛け”が、深掘りの“問い”に変わらない
予告は完璧だった。なのに本編は、掘ろうとすると浅い。
人間国宝の講談師・青竜に右京が弟子入りする。
しかも冤罪疑惑の再捜査。
「相棒の王道」を、
これでもかと盛った初回拡大スペシャルだ。
実際、笑える場面は多い。
右京は“京竜”という名を与えられ、
13番目の内弟子=最下っ端として屋敷に入り込む。
草取り、犬の散歩、
家政婦のような絵面になっても、
「一番下っ端だから」という設定が支えてくれる。
ここは納得感がある。
右京の丁寧さも、ちゃんと武器になる。
問題は、ここから先だ。
"スコップ"を持って掘りに行くと、
すぐ地面に当たる。
掘り抜けない。
前後篇を通して、
最後までこの感触が消えなかった。
「冤罪」の一語で空気は変わるが...
15年前の強盗殺人。
死刑が確定している元弟子が
「殺人はやっていない」と主張し、
特命係が水面下で動く。
冤罪、自白、権力の圧。
相棒が最も得意な主題が揃っている。
実際、「冤罪疑惑」という言葉が出た瞬間、
人間国宝・青竜の顔つきと口調が変わる。
家が守っているもの、
隠しているものが一瞬で透ける。
白骨が出る。
捜査一課が突入する。
前篇の緩急も効いている。
後篇では自白の揺れを右京が見抜く。
講談という形式を使って
言葉を引きずり出す奇策も、
輿水氏らしい見せ方だ。
骨格はある。圧もある。ギミックもある。
後篇は、相棒の“語り”の快楽が前に出る。
揺れる自白を、右京が焦らず拾い直し、
講談という型に収めて相手の言葉を引きずり出す。
ここは輿水氏らしい、言葉の運びの上手さだと思う。
笑ってしまう場面が多かったのも、
その軽快さが効いていたからだ。
骨格も圧もギミックも揃っている。
「相棒」として成立させる力が、確かにある。
それでも、観終えたあとに“深さ”が残らない。
この弱さが、初回SPとしては致命的に感じた。
右京の言葉だけが、辛うじて“相棒の岩盤”だった
この前後篇で、
右京の言葉が最も右京だったのは、
検事総長に向けた一言だと思う。
「処刑後に冤罪が判明した方が反響が大きい、荒療治が必要」
そんな方向に話が寄った瞬間、
右京は静かに言い放った。
「それはテロリストの犯行声明に等しい」
「余計なことは一切せずおとなしく退場してください。」
この一言は冷たいようで、実は守りの言葉だ。
冤罪の人間を素材にするな。
尊厳を道具にするな。
相棒が積み上げてきた倫理は、そこにある。
ここだけは、硬い岩盤があった。

〆まとめ
輿水氏のseason24は、予告で期待を上げる。
その期待が、地面の下まで届く問いに変わらない。
初回SPは、その弱点を最初から露出させた。
けれども、輿水氏回の面白さは、
事件そのものより
「普段は観られない右京さん」が出てくることだ。
いつもより声は高く、動きはコミカル。
ネルシャツを着てキャップを被り、
どこか“とっちゃん坊や”っぽい、少年味のある芝居まで飛び出す。
普段は英国紳士みたいな
オーダースーツの右京が、
急に“庶民の普段着”に落ちてくる。
そのギャップだけで、ちょっと萌える。
右京を“面白おかしく動かせる”のは、
輿水氏ならではだと思う。
次回は、掘れない以前に、身体が拒否して止まった回。
📦 輿水氏が脚本をつとめた土曜ワイド劇場時代(pre season)
📀 相棒 pre season DVD-BOX
特命係のすべてはここから始まった。
まだ“相棒”という言葉すら定着していない時代の右京。
その原点を見たい人へ。