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室井慎次は、「役割」から解放されたのか ─ リクの「あたたかいから、好き」がほどいたもの

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室井慎次は、「役割」から解放されたのか ─ リクの「あたたかいから、好き」がほどいたもの


室井慎次


室井慎次は、ずっと“役割”として生きてきた人だった。


本店の人間。
警察庁のキャリア。
現場を変える約束を背負った人。
責任を取る人。

青島俊作と並び、
『踊る大捜査線』という物語を支えてきた、
もう一人の柱。

だからこそ、
『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』
で描かれた室井の最期に、
様々な感情が交錯したのはわかる。

「なぜ室井さんを死なせたのか」
「青島との約束はどうなったのか」
「こんな形で終わらせてほしくなかった」

そう感じる人がいるのは、不思議ではない。


ただ、ぼくがこの二部作を見て抱いたのは、
それらのどの感情とも異なっていた。

いつも眉間にシワを寄せていた室井慎次に、
リクが抱きついてくる。


「室井さんは、あたたかいから、好き」


その言葉を聞いたとき、ぼくは思った。

ああ、室井さん、良かったね。

室井慎次は、この物語で、
ようやく人間に戻れたのではないか。


室井慎次は、最初から現場の味方だったわけではない


テレビシリーズ初期の室井は、
他の警察官僚たちと同じく、
本店側の論理をまとった人間だった。


被害者一人ひとりに関わっていられない。
事件を解決するためには、個人の痛みに立ち止まってはいられない。
そういう側の人間として、室井は登場する。

湾岸署の人間たちにとっても、
初期の室井は決して好ましい存在ではなかった。

新城賢太郎が登場したとき、
すみれさんは彼を「室井2号」と呼ぶ。
さらに、真下正義が
「2号機は、初号機よりパワーアップしてますよ」とまで言う。

もちろん、これは嫌味だ。

だからこそ、室井慎次の変化は大きい。

本店側の人間だった室井が、
青島俊作と出会い、湾岸署の人間たちとぶつかり、
少しずつ変わっていった。
そこに、室井慎次という人物の面白さがある。


青島俊作という“THE 圧力マン”


青島俊作は、相手の懐に入っていくのがうまい。

営業マンが天職のような人間である。
理屈より先に、人間関係を作る。
上司だろうが、本店の人間だろうが、警察庁のキャリアだろうが、
相手を“人間”として巻き込んでいく。

室井もまた、青島に感化されていく。



ただし、ここで注意したいのは、
室井が上を目指した出発点が、
「青島との約束」や「現場を変える理想」だったとは言い切れないことだ。

青島と出会ってまだ間もない段階で、
室井はすでに上を目指すことを口にしている。


「絶対に上に行ってやる」

            TVシリーズ第3話『消された調書と彼女の事件』


それは、理念というより、
自分の考えと合わない上層部への
反発のように聞こえるものだった。

自分が正しいと思った判断が
上層部の論理で潰される。

その理不尽にぶつかった室井は、
ならば自分が上へ行くしかない、と考える。

そこに青島との出会いが重なり、
約束が重なり、恩義が重なり、
やがて室井は“現場を変える人”として見られていく。



TVシリーズ最終回、査問委員会で、
青島が強い言葉を置く。


「あんたは上にいろ。俺には俺の仕事がある。あんたには、あんたの仕事がある。」


青島にとっては、信頼の言葉だったのかもしれない。
しかし、義理堅い室井慎次にとって、
その言葉は簡単に忘れられるものではなかった。

言ってしまえば、青島俊作は
“THE 圧力マン”である。

本人に悪意はない。
むしろ、真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐである。
だからこそ厄介なのだ。

青島は現場の熱で言葉を放つ。
室井はその言葉を、自分の人生すべてを捧げていく。

すなわち、青島になんども”圧力”を掛けられることにより、
自己犠牲スキーマ(信念)をより強固にしていく。
それが室井という人間だった。


「約束」は、室井だけのものだったのか


『踊る大捜査線』において、
「約束」は非常に重要な言葉である。

青島は下にいる。
室井は上に行く。
そして、現場を変える。

まわりは、長い間、
室井慎次にその約束を重ねてきた。

しかし、シナリオ・ガイドブックに収められた、
プロデューサー亀山千広氏の言葉は、
この「約束」の見え方を少し変える。


さんざん言われてきた「約束」というキーワードも、「あんたは上にいろ、俺は下でがんばる」とテレビシリーズの最終話で言ったのは青島であって、室井は言われた側ですよね?それって本来は言った側の青島が守るべきことのはずで(笑)。


これは、かなり重い。

そう、室井は言われた側なのだ。

亀山氏は、


青島のおかげで処分を免れたという恩義は当然あると思うので、室井にとっては、その恩義を忘れないことが(青島との)約束を守ることになると・・・(中略)・・・青島のおかげで自分が救われたにもかかわらず、そのときに交わした約束を貫き通せなかったということが、室井の中ではずっと棘のように刺さっているんだ、と。


ここで見えてくる室井慎次は、
恩義を抱え、
負い目を抱え、
約束を守れなかった自分を赦せない、
一人の人間である。


室井慎次は、万能の神ではない


けれど、多くの人は室井に、
本店の中に残された良心を見ていた。
現場を変えてくれる希望を見ていた。
青島との約束を果たしてくれる未来を見ていた。

その期待は、室井を支える力でもあった。

しかしながら、それは、
室井慎次という一人の人間にとって、
あまりにも重い役割だったのではないか。


物語は、室井慎次の死から始まっている


シナリオ・ガイドブックでは、
脚本家・君塚良一氏が亀山氏に送ったメールの内容が
紹介されている。


ずっと思っていたことがあって、室井慎次を成仏させてあげたい。室井の現在とその死をドラマにしたいです。


さらに、君塚氏は、
インタビューにこう答えている。


本当に僕がやりたかったのは、室井が今どうしているかと、室井の死を描くという、そこだけでした。


つまり、この二部作が
「室井慎次の死」から始まっていることが分かる。

シナリオ・ガイドブックで語られているように、
君塚氏が最初に書いたプロットには、
「室井慎次の愛と死」と書かれていたことも分かる。

だから、この二部作を観るときに、
「なぜ室井を死なせたのか」
という問いだけで止まってしまうと、出発点を見誤る。

この物語は、
室井慎次の現在と死を、どう描くか。
そこから始まった作品だった。


「成仏」とは何だったのか


君塚氏は「成仏」という言葉を使っている。

シナリオ・ガイドブックによると、

本広克行監督は、
最初は「別に殺さなくてもいいのではないか」
と思っていたことも語られる。

しかし、柳葉敏郎氏が長年、
室井慎次という役を背負い続けてきたことを踏まえ、
やがてそれは、君塚氏の中の室井を成仏させることであり、
柳葉氏の中の室井を下ろすことでもあったのだと受け止めている。

『踊る大捜査線』が終わってからも、柳葉氏は室井を引きずっていた。
室井以外の役ではオールバックにもできない。
スーツもあまり着られない。
一生懸命、“脱室井”をやってきた。

それほどまでに、
室井慎次という役は大きかった。

この二部作は二重にも三重にも、
室井慎次という存在を終わらせる物語だった。


つらいことばかりではなくて、よかったね


シナリオ・ガイドブックの亀山氏へのインタビューには、
非常に重要なやり取りがある。

インタビュワーは、こう述べる。


今回の映画は、ずっといろんなことを我慢してきた室井にも楽しい瞬間があったり、小さな幸せを見つけることができたのだろうと思えるような物語で、最後は亡くなってしまうけれど、「室井さん、つらいことばかりじゃなくてよかったね」とも思える映画になっていたのが、すごく沁みました。


それに対して、亀山氏は、こう返す。


そんなふうに見ていただけると嬉しいし、そのつもりで僕らは作っていて、本広監督がそうゆうあたたかいものにしてくれたんですけど、僕も「室井はずっとつらかったんだろうな」という気持ちにはなった。


ここは極めて重要だ。

この二部作は、室井慎次の終焉であると同時に
ずっと我慢してきた室井慎次に、
楽しい瞬間や、
小さな幸せを与える物語
として作られていた。

つらいことばかりじゃなくてよかったね。

この言葉は、
室井慎次という人を考えるうえで、
非常に重い。

なぜなら室井は、ずっと我慢してきた人だからである。

言い返さない。
弁解しない。
責任を取る。
飲み込む。
背負う。
他者を優先して、いつも自分は後回しにする。
約束を果たせなかった痛みを、自分の中にしまい続ける。



室井は、医師から「狭心症の疑いがある」と告げられている。
胸を押さえ、苦しそうな表情を浮かべる場面は繰り返し描かれる。
薬を服用する場面もある。
彼の身体はすでに限界に近づいていたのだろう。


この狭心症という描写は、
ぼくにはとても他人事のようには思えなかった。
亡き父も狭心症を患っていたからだ。

冠動脈バイパス手術を受ける前、
執刀医から「術中に死亡する確率は5割」と説明され、
家族として覚悟を迫られた。
そのときの感覚は、今もはっきり残っている。

Birneなるけクリニック小田原のHPによると、
強い精神的・身体的ストレスも
狭心症の発症や悪化に関与する要因の一つだとしている。
国立循環器病研究センターも、
発症リスクとして喫煙やストレスの影響を挙げている。

そう考えると、
室井慎次に狭心症の疑いがあるという設定は、
むしろ非常に納得できる。

室井は、ずっと自分よりも、
誰かのための役割を優先してきた。
その生き方の果てに、心臓が悲鳴を上げる。
これは、室井慎次という人物の人生
そのものに深く結びついた描写だと思う。


リクの「あたたかいから、好き」


その意味で、リクの言葉は、
この二部作の心臓部だと思う。


「室井さんは、あたたかいから、好き」


リクは、室井慎次を、
ただ、あたたかい人として見ている。

室井慎次は、長い間、役割として見られてきた。

しかし、リクは人としての室井を見ている。

それは、室井慎次を役割からほどく言葉だった。

青島との約束は、室井を縛った。
リクの言葉は、室井をほどいた。


室井さん、良かったね


青島と室井の約束を、
もっと別の形で見たかった人もいるだろう。
室井さんには生きていてほしかった、
と思う人もいるだろう。

その気持ちを否定したいわけではない。

ただ、シナリオ・ガイドブックに収められた
君塚良一氏、亀山千広氏、本広克行氏の言葉を読むと、
この二部作の見え方は少し変わる。

これは、

室井慎次の現在と死を描く物語。
室井慎次を成仏させる物語。
柳葉敏郎氏の中の室井慎次を下ろす物語。
そして、ずっと我慢してきた室井に、小さな幸せを与える物語。

囲炉裏があり、
きりたんぽがあり、
子どもが抱きついてくる。

そこで室井慎次は、
ようやく“役割”ではなく、
“人間”として存在することが許された。

だから、ぼくは思った。

室井さん、良かったね。

ようやく、人間に戻れたんだね。





引用・参考文献: 

『室井慎次 敗れざる者/生き続ける者 シナリオ・ガイドブック(キネマ旬報ムック)』







👉 【前回】『室井慎次 敗れざる者/生き続ける者』──警察を離れた室井が、秋田で子どもたちに何を残したのか。








  • この記事を書いた人
藤次郎Tojiro

Tojiro

うつと約20年。話すよりも書くことが自然で、いつも言葉を綴ってきた。 子どもの頃から作文や日記が好きで、高校では論文で男子唯一の入賞。2004年からブログを書き、法務職として民間と官公庁の双方で文書を作ってきた。 家族の介護・看取りを経て、今は『相棒』『踊る大捜査線』、織田裕二さん主演作品を中心に、制度のひずみや、善意が無自覚に人を傷つける構造を読み解いている。 “空気”に流されず、“当たり前”とされていることを疑い、自分の頭で物事を考える力を養えるブログを目指している。 『踊る大捜査線』ネットワーク特別捜査員(6234番目に配属)

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