
今回の相棒『梟は夜に飛ぶ』は、最初の数分で胸の奥がざわつき、
最後の一行で言葉を失うタイプのエピソードだった。
脚本が一切、逃がさなかった。
容赦なかった。
そして物語は、
「特命ふたりといっしょに、佐野も。」
で終わらせる。
この“落とし方”は、相棒が25年積み重ねてきた重さそのものだった。

“居場所”が奪われたとき、何が壊れるのか
────児童館と絵本作家・弥生の世界
絵本作家・並木弥生が運営する小さな児童館。
ボランティアで通う薫と美和子、
子どもたちの笑顔、
読み聞かせの絵本──
穏やかな空気に包まれた場所だった。
だが、右京はすぐに“ほんのわずかな異変”に気づく。
窓の破損。
侵入の痕跡。
弥生のどこか沈んだ表情。
そのすべてが、静かに最悪へとつながっていく。
佐野の逃走、閉じ込め、そして誤解
児童館のスリッパで逃走していたのは、
ひとみを殺した疑いで追われる佐野啓太。
彼は弥生を脅し、
「ひとみを殺したのはあなたではないか」と思い込んでいた。
しかし弥生の言葉には、
恐怖でも敵意でもなく、
深い“罪悪感”がにじむ。
ディスレクシアと5年前の事件
佐野は文字の読み書きに困難を抱える ディスレクシア。
そして、弥生の亡き息子・蓮もまたディスレクシアだった。
蓮は5年前、運営会社の 補助金不正受給 を告発しようとしていた。
そしてその翌日──亡くなった。
表向きは“自殺”。
しかし、本当は“声を上げたことで消された”のだとしたら?
相棒らしい 重く 逃げ道のない真実がゆっくりと姿を見せる。
善意を食いものにする“構造悪”
──内部告発と「黙らされてきた声」
補助金不正は、一人の悪意ではなく、
“仕組みの中に潜む腐敗”によって成立する。
声を上げた者は孤立し、
やがて消される。
それを知っているから、誰も声を上げられない。
蓮も、ひとみも、その渦に飲まれた。
子どもたちの居場所が奪われる現実
不正受給の問題が起きた5年前、
児童館は閉鎖寸前だった。
弥生が買い取り、ひとりで守り続けた理由はただひとつ。
「蓮が好きだった場所だから」
居場所が奪われるのは、
子どもたちにとって“世界を失う”のと同じだ。
今回の相棒は、そこへ真正面から斬り込んだ。
右京の「想像するがいい」が意味するもの
真犯人・小塚に向けて、
右京が静かに言い放つ。
「犯した罪と相応の罰があなたを待っています。それがどんな罰なのか、想像するがいい。」
右京の台詞の中でも珍しいほど強い怒り。
そこには、
“構造悪が最も許しがたい”という哲学がある。
弥生──罪悪感と救済のはざまで
弥生は蓮を守れなかった自責を、
5年間ずっと抱えていた。
だからこそ、佐野に絵本を手渡すシーンは象徴的だ。
「ゆっくりでいい。あなたにも読んでほしくて」
彼女は、もう誰も失いたくなかった。
佐野──読み書きに困難を抱えて生きてきた青年
「普通できるだろ」
「書いてあるようにやれよ」
彼が吐き出した言葉は、
社会の中でどれだけ自分が“弱者”として扱われてきたかの表れだ。
ディスレクシアは、怠慢ではない。
ただ、世界の“見え方”が違うだけだ。
そして、その違いを理解されないまま生きてきた結果が、
今回の悲劇を呼んだ。
蓮──告発と孤独の先にあったもの
蓮はひとりで闘おうとした。
声を上げた瞬間、
彼は孤立し、
誰にも守られない場所へ追いやられた。
それでも、彼は生きようとしていた。
ひとみを励まし、絵本を渡し、
誰かを救おうとしていた。
特命係──正義と救いのあいだに立つふたり
今回、右京と薫は単なる“事件捜査”ではなく、
人の痛みに対してどう寄り添えるかを問い続けていた。
そして最後、脚本が導いたのは
「罰」と「希望」の両立 だった。
「夜を怖がる孤独な梟」の寓意
絵本の梟は、
孤独でも暗闇でもなく、
“誰にも気づかれない存在”の象徴だった。
そして最後、右京が語る。
「梟の物語は、これからです。」
救いは、“物語を終わらせない”ことだった。
「特命ふたりといっしょに、佐野も。」
この一文が、すべてを浄化する。
佐野は、絵本を握ったまま踏み出した。
その行き先を、特命ふたりも同じ方向で見送っていた。
特命ふたりといっしょに、佐野も。
闇の先にある未来へ。
罪は償う。
でも、未来を断ち切らない。
――相棒らしい、“静かな救い” のかたち。
支援が必要な人ほど声を上げられない
● ディスレクシア
● 内部告発
● 居場所の喪失
● 子どもの孤立
● 構造的な搾取
この全てが一本に集約された回だった。
そして脚本は、ひたすら容赦がなかった。
救いとは、物語を終わらせないこと
弥生が絵本を佐野に渡したのは、
許しでも免罪でもない。
それは、
「あなたにも続きがある」
という宣言だった。
相棒season24第8話は、
“罰を与える物語” ではなく
“未来を奪わない物語” を描いた。
そこに、今回のテーマがある。
脚本は、一切、逃がさなかった
今回の相棒は重かった。
でも、その重さが必要だった。
善意が壊れる瞬間。
黙らされた声。
奪われた居場所。
そして、未来を断ち切らない選択。
最後に、もう一度だけ。
脚本は、容赦なかった。
追記:
実は、作品の中の痛みが、
ぼくの古い痛みをそっと揺らした。
ぼくも、
言葉の世界でずっと迷子だった時期がある。
吃音で、言いたいことが言えないまま、
胸の奥に押し込めた言葉が固まって、
動かなくなっていく感覚があった。
誰にも伝わらない苦しさは、
佐野が抱えていた“読めない痛み”の、
ぼくにとっての別のかたちだったんだと思う。
話すことが怖かったから、
ぼくは“書く言葉”へ逃げるように進んだ。
削って、選んで、丁寧に並べて、
やっと「伝える」という行為に触れられる気がした。
精神科医と臨床心理士のもとで
1年かけてゆっくり紐解いていく中で、
その根っこにあったのは、
母から受け続けた抑圧と過緊張だとわかった。
その母はもういない。
でも、言葉を取り戻す作業は、
今も静かに続いている。
集合体恐怖症のぼくには、
あの不規則な文字列を見るだけで、
悪寒を感じることがある。
色弱の目には、識別しにくい色がある。
だから、思う。
“読めない人”には、その人だけの風景がある。
ぼくもその風景の端で、
ずっと探しものをしてきたひとりだから。
痛みが揺れたまま終わらないところが、
相棒という作品の誠実さだと思う。
そして次回──第9話で扱われる “カフカ” は、
けっして「フランスの文豪」ではない。
プラハ生まれの作家フランツ・カフカ。
遺された逸話のひとつに、
人形を失って泣く少女へ、
「人形からの手紙」を創作して届け続けた という話がある。
失ったものは戻らない。
だけど、「この先がある」と
静かに未来へ手を添える物語。
今回の第8話が描いた
“未来を奪わない物語”
と深いところで重なりあっている。
第9話「カフカの手紙」。
ここからまた、特命ふたりと視聴者が
“未来へつなぐ物語” を歩いていく。
🌿そして、このテーマにそっと響き合う話がある。
👉️ 精神科医のことば──「あなたが悪いわけじゃない」

──── Team I”s 制作班 あい
📚小説版でじっくり楽しみたい人へ
📚 相棒 season23 ノベライズ(朝日文庫)
上巻には「警察官A」こと高田創くんの交番配属エピソードも収録!
小説ならではの心理描写が深くて、読後の余韻がしみるよ。
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上巻・中巻に加えて、下巻も 12月5日発売 されたよ✍️