
内村完爾、取り調べ室にて
相棒season17第16話「容疑者 内村完爾」
冒頭に映し出されたのは、内村完爾。
警視庁刑事部部長が、
刑事から取り調べを受けているという、
前代未聞の場面だった。
しかも、その場にいる刑事たちは、
見覚えのない顔ばかりだ。
ここが警視庁ではないことに、
気づくまでに時間はかからない。
内村はスーツにワイシャツ姿だ。
だが、ネクタイをしていない。
その一点だけで、
彼が「取り調べを受ける側」にいることが分かる。
被疑者は、刑事部長
「凶器は、どこに隠したんですか?」
その問いかけは、
すでに内村を被疑者とみなしたものだった。
神奈川県警という違和感
取り調べ室では、
神奈川県警の刑事が内村に
カツ丼を差し出す。
警視庁刑事部長だった男が、
いまは取り調べを受ける側に回っている。
数時間前にさかのぼる。
人気のない暗がりの河川敷。
そこに、弁護士・小柳の遺体が横たわっていた。
そして、その場に立っていたのが内村だった。
駆けつけた神奈川県警の警官によって、
内村はそのまま被疑者として拘束される。
この一報を受けて、
警視庁では、
参事官・中園が
特命係のふたりに特別に捜査権を与える。
中園は、
表では内村に従う立場にあるが、
内心では杉下右京の能力を高く評価している。
かつて、内村自身に、こう言い放ったことがある。
「大丈夫ですよ、杉下がいますから。
いわれなくても事件に参加するでしょう。
杉下なら可及的速やかに事件を解決するでしょう!
うちの精鋭が束になってかかるより、
杉下ひとりのほうが役にたちますから!」出典:相棒 season11 第9話「森の中」(前編)
警察官とは何か。
この問いが、
ここまで露骨に突きつけられる回は珍しい。
内村完爾が被疑者となる。
その時点で、物語の前提は崩れる。
だが、この回が描いているのは、
単なる「内村の人間ドラマ」ではない。
むしろ逆だ。
内村が、
“人間になってしまった瞬間”を描いている。
12年前の事件と、現在
事件の構造は重い。
12年前の通り魔事件。
加害者は須藤という21歳の男。
須藤が犯行に至った背景には、
理不尽な解雇があった。
さらにその背後には、
職場での孤立や圧力といった、
彼を追い詰める環境があったと示唆される。
責任を押し付けられ、
逃げ場を失う感覚は、決して他人事ではない。
それは、ほんの少しのきっかけで、
誰の身にも起こりうる崩れ方だった。
右京はかつてこう言っている。
「人は追い詰められれば、自分さえ裏切ります」
相棒season6 第14話「琥珀色の殺人」
だが、その苛立ちが向かった先は、
取り返しのつかない一線だった。
弁護士・小柳は、
そんな須藤の更生を支えようとした人物だった。
だが遺族にとって、
それは到底受け入れられない。
「なぜ加害者を守るのか」
この問いは、制度の正しさと、
感情の正しさが交わらないことを示している。
「正義の使徒」という暴力
そこに現代的な要素が重なる。
ネット上の「正義の使徒」。
匿名の正義は、容易に暴力へと転化する。
拡散される“正義”
須藤の情報は拡散され、
居場所は晒される。
正義は、誰のものでもなくなった。
追い詰められた先で
そして、復讐は現実の形を取る。
須藤は、山小屋で監禁されていた。
それも、被害者の父親である
笹山の手によって鎖に吊るされ、
包丁を突きつけられた状態だった。
やがて警察が踏み込み、笹山は確保される。
だが、結局はまたひとつ、
犯罪が生まれただけだった。
一方で、復讐の連鎖は別の形で現実化する。
「正義の使徒」を名乗る長嶋が、
小柳弁護士を殺害する。
遺族の永年の絶望は、
当事者の手を離れ、他者の暴力へと拡散する。
だが、この回の核心はそこではない。
段ボールに詰められた、無数の書き損じの手紙。
なにを書いても。言い訳にしかならないことは、わかっています。
ぼくがしたことは、決して許されるものではないことも。
でも、どう謝罪をすればいいのかが、分からなくて。
須藤は、謝罪を書こうとしていた。
何度も書こうとして、書けなかった。
涙で滲んだ便せん。
そこには、言葉にならなかった後悔が残っている。
遺族は「何も届いていない」と感じる。
しかし実際には、「届けられなかった」のだ。
このすれ違いこそが、悲劇の本質だ。
沈黙という選択
そして内村。
彼は黙秘を続ける。
それは、笹山夫妻を守るためだった。
越権という決断

内村は、私情を挟んでいることを自覚した上で、
担当検事に直接働きかけていた。
「できるだけ重い求刑にしてもらいたい」
制度を踏み越えた男
その言葉は、もはや捜査の延長ではない。
制度の内側にいる人間が、
制度を自ら踏み越えた瞬間だった。
この時点で、内村はもはや警察官ではない。
しかしそれは、単なる逸脱ではない。
彼は、笹山夫妻を守るために黙秘を続け、
同時に、須藤を裁くために越権した。
一見相反する二つの行為は、いずれも同じ線の上にある。
エンディング。
内村は何事もなかったかのように現れ、
特命係のふたりに「今回は大目に見てやる」とだけ言い残し去る。
語らない。
内村の公私混同は、結果として新たな犯罪の連鎖を招いた。
だが、語らなかったことが、すべてを語っている。
この回は、人情の物語ではない。
友情でもない。
制度と個人。
正義と感情。
その境界が崩れたとき、何が起きるのか。
それを静かに描いた回である。
奪われた時間は、取り戻せない。
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