「ビジネスでは“結論から述べる”が正解」──その常識が、うつ病など、精神疾患を抱える人にとっては、“重荷”になってしまう日がある。そこで、本日は、速さよりもやわらかさで届く“やさしい連絡”の作法を、ここにまとめてみたい。
なぜ「攻撃のように感じてしまう」のか

心とは脳であり、うつ病とは、脳という臓器の病気である。そして重要なことは「うつ病は“絶望感”を直接刺激する病気」である。うつ病というと、「気分が落ち込む」とか「やる気が出ない」と思われがちだが、実際は、もっと根深く、もっと身体の奥深くで起こっている変化がある、
その代表が――❝「もう、生きている意味が分からない」「死んだ方が楽かもしれない」❞という【希死念慮(きしねんりょ)(1)】。これは、単なる“気の持ちよう”ではなく、脳の働きそのものが変化して起こる現象である。
うつ病など、脳のエネルギーが著しく落ちているとき、必要なのは「共感」と「受容」。まず心を整える言葉があって、ようやく次に、“結論”が入ってくる(と切に願っている)──「まず結論から」「〜してください」と、ビジネス文調で畳みかけられると、過敏になった脳は、「指示」を「強制」「命令」のように受け止める。仕方がない、そう認識してしまうのだから。実際、うつ状態の人は、相手の中立的な表情でさえ「冷たく見えてしまう」ことがあるという研究もある(下山研究室, 2016(*))
僕自身、ビジネスメールの文面に「まず結論から申し上げますと・・・」と書かれたメール(ネガティブな連絡なら尚更)に、絶望感に苛まれた感覚があった(あくまで僕の場合ですが)。
つまり、**相手に悪意がなくても、体調によって“強制・命令のように響くことがある”**ことがある。
うつ病のとき、主に影響を受ける”3つの領域”
前頭前野(ぜんとうぜんや)(2) ──── 「考える」「未来を予測する」「希望を持つ」脳の中枢だ。うつになると、ここが働きにくくなる。
・未来を楽観できない
・問題を解決できる気がしない
・希望を持てない。
ゆえに、選択肢が多い(他タスクの指示)と、さらに混乱する。
海馬(かいば)(3) ───脳にある「記憶」や「ストレス調整」に関わる場所だ。慢性的なストレスやうつ状態が続くと、海馬の機能が萎縮してしまうことがある。
・楽しかった記憶が思い出しにくくなる
・学習や記憶の処理が鈍る
・感情の回復が遅れる。
つまり、「前は楽しかったはずなのに、今は何も感じない」――その感覚は、気のせいではなく“脳の変化”から来ている。
扁桃体(へんとうたい)(4) ────これは 「恐怖・不安・怒り」といった感情の警報装置だ。うつ病のときは、扁桃体は過活動状態になることが知られている。
・小さな不安がどんどん大きくなる
・過去の失敗や恥ずかしい記憶が繰り返しフラッシュバックする
・「自分が全部悪い」と感じやすくなる。
つまり、脳が“危険信号”を過剰に鳴らしてしまう状態だ。叱責や急かされると、ストレス値が急上昇し、できない自分を責めることになる(僕の場合は、自己犠牲スキーマ(5)もあり、より矢印を自身に向けがちだ)。
このため、
① いきなり本題=心の準備が追いつかない
「結論から」と始まる文章は、読み手にとって突然の指令のように響く。気持ちの準備ができていないときには、心が身構えてしまう。
② 多タスクの指示=考える体力が削られる
AもBもCもと並ぶと、内容を読み解くだけで疲れてしまう。集中力が落ちている時には、それだけで“無理だ”と感じてしまう。もともと、マルチタスクは苦手なのだ。
③ 期限・強い言葉=責められた感覚が立ち上がる
「至急」「必ず」「ご理解を」──こうした表現は、通常なら事務的な言い回しだ。でも心が弱っている日には、“叱責”のように聞こえてしまう。加えて、”急かされている”と捉えてしまう。
やさしい”言い換え”集

※ほんの少し言葉を変えるだけで、受け手の心はずっと軽くなる。以下は一例。
【NG表現】 | 【OK表現(やさしい言い換え)】 |
至急お願いします | ◯日以内のどこかで大丈夫です |
必ずご提出ください | できる範囲で。難しければ次回でOK |
ご確認ください | 目を通すだけでOK/返信は一言で |
何卒ご理解を | 今日は読めなくても大丈夫です |
無理なら無理と言って | 無理なときは“スタンプだけ”でも |
“やさしい連絡”テンプレ
❑メール版(配慮あり・結論は見出しで)
件名:体調に配慮しつつ/◯◯のご相談(返信は一言でOK)
本文:
いつもありがとうございます。体調に波がある前提でお送りします。
【要点】◯◯の件で、A/Bどちらでも大丈夫です。
A:__ B:__ (他の方法でもOKです)
(補足はここに。今は読めなくても大丈夫です)
返信は「Aで」など一言で十分です。難しければ次回に回しましょう。
お身体第一でお願いします。
❑短文版(LINEなど)
- 「今日は読めたらOK。返信はスタンプだけでも大丈夫だよ」
- 「AかBで大丈夫。決められない時は“保留”でOK」は読めたらOK。返信はスタンプだけでも大丈夫だよ」
受け手から“お願い”する場合
これは関係性にもよるでしょうが、もし伝えられるなら、こんな形でのお願いもあり。
件名:連絡スタイルのお願い(短文です)
本文:
体調に波があります。
① 最初に一言のねぎらい
② 要点は箇条書き(3点まで)
③ 期限は幅で
④ 返信は一言でOK
この形にしていただけると、とても助かります。
送る前の3秒チェック
- ねぎらいの一言、入っている?
- 要点は箇条書き3つまで?
- 期限は“幅”になっている?
- 「一言返信OK」を入れた?
- 最後に「読めなくてもOK」を添えた?
この短い確認だけで、相手も自分もぐっと楽になる。
まとめ
支援は速さだけでなく、やわらかさでも届くもの(やわらかく届いてほしい)
「今日は読めただけでOK」──その一言が、仕事と心を両立させるカギになるはず。
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※参考文献
中村杏奈・浦野由平・シュレンペル レナ・大井葉月・李智慧・下山晴彦(2016)
「うつ状態における他者の表情認知についての研究動向と今後の展望」
『東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース紀要』, 39, 17-24.
※補注
(1)希死念慮(きしねんりょ)
「死んだ方が楽かもしれない」と考えてしまう状態。単なる気分ではなく、脳機能の変化に伴って生じることがあり、うつ病の重い症状のひとつとされる。
(2)前頭前野
脳の中で「計画」「未来の予測」「希望の保持」に関わる領域。うつ状態では活動が低下し、問題解決や意思決定が困難になりやすい。
(3)海馬(かいば)
学習と記憶を担う領域。慢性的なストレスやうつ病で萎縮することが報告されている。過去の楽しい記憶が思い出せなくなる、感情が回復しにくくなるといった形で影響が現れる。
(4)扁桃体(へんとうたい)
不安や恐怖の信号を処理する「警報装置」のような部位。うつ病では過活動になり、小さな不安が過剰に大きく感じられる。過去の失敗を繰り返し思い出してしまうこともある。
(5)自己犠牲スキーマ
幼少期や対人関係の中で「自分を後回しにして他人を優先すべきだ」という信念が強く形成されること。長期的には「自分のニーズを無視してしまう」「過剰に相手に合わせてしまう」など、疲弊や抑うつにつながりやすい。不適応的スキーマの一種。