『ドラゴンボール』第21回天下一武道会。この大会は、孫悟空とクリリンが、亀仙人から修業をつけてもらい、亀仙流として初めて臨んだ大会だ。最終的に「ジャッキー・チュン」という亀仙人が扮した、じっちゃんが、優勝することになるのだが、それは、
世の中 上には上がいるもんじゃ!まだまだ強いやつはゴロゴロおる!!
これしきで満足するほど武の道は甘くないぞよ!
ほんとうの修行はこれからはじまるんじゃ
変装してまで出場したのは、孫悟空たちが、自らの力に慢心するのを戒めるべく、このセリフを言うがためだ。亀仙人のじっちゃんが、単なる、スケベじじいじゃないことが分かる。
運命のクリリン対バクテリアン
クリリン vs バクテリアン戦(※1) あの場面を覚えているだろうか?
バクテリアンとは、生まれてから一度も入浴したことがないという強烈な悪臭が武器の持ち主だ。その悪臭によってピンチになるクリリン。ついに、カウント9まできて、なす術もないかと思われたそのとき、孫悟空が!!!!
「おまえには、鼻がないじゃないかっ!!!」
「……そっ そうかっ!!」
気づいたクリリンは、一気に形勢逆転。まるで呪いが解けたような反撃。最後は、バクテリアンは、お株を奪われたように、クリリンに屁を浴びせられ、「ま…まいった…」と降参したというオチ。
ギャグシーンとして描かれてはいるけど、この「鼻がないのに臭いを感じていた」という現象、実は心理学的にも、とても興味深い。

“くさい”は現実か、思い込みか──認知のしくみ
「くさい!!」と感じる現象。それって、物理的な“臭気”の存在だけが原因だろうか?
ぼくも、日常でよくある。 「嫌われてる気がする」「きっと失敗してしまう」──事実よりも、感覚のほうが先に反応してしまう。このとき脳は、「今までの経験」や「スキーマ(1)(思い込み)」によって、現実を“解釈”している。 つまり、実際に、におっていなくても、「バクテリアン=臭い」という印象が強く刻まれていたことで、鼻がなくても”くさい”を“感じて”しまったのかもしれない。
これは、まさに「認知の歪み(2)」が起こしている現象だ。
皮膚呼吸という“認知の裏技”

ところで……鼻がないのに、においは感じられるのか? この疑問から、調べると「クリリン=皮膚呼吸をしているい(※2)」という説が見つかった。もちろん生物学的には人間は皮膚呼吸しない。でも、ここでのポイントは“構造”ではなく、“認知”だ。
クリリンが鼻がないことに気づいた瞬間、状況は一変した。
「苦しみの原因」が“実在するにおい”ではなく、“自分の思い込み”だったと気づくことで、状況は逆転する。 この構造は、まさにCBT(認知行動療法(3))で用いられる「認知再構成」にも通じている。
「ほんとに起きてる?」と自分に聞いてみる

日常でも、ぼくらは“臭い”を感じてないだろうか? ──つまり、「本当は存在しないはずの不安」によって、苦しめられていないだろうか?
・SNSの反応が薄い=嫌われてる? ・挨拶が返ってこなかった=無視された?
このとき、「ほんとうに、それ起きてる?」と自分に問い直してみること。 孫悟空が放った「おまえには、鼻がないじゃないかっ!!!」という一言のように。外からのひと言や、自分自身の再認識で、歪んだ認知がほぐれていく。
あなたの“鼻”はどこにありますか?
ドラゴンボールという少年漫画の一幕。 だけどそこには、ぼくらの日常に潜む「思い込み」や「自動思考(4)」と向き合うヒントが詰まっている。見えないものを感じてしまうことがある。臭いを“感じて”苦しんでいるかもしれない。 でも、その“鼻”は、ほんとうにそこにある?もし、今、苦しいことがあるなら、自分に問い直してみよう。
──それ、本当に起きてる?
きっとその先には、「そっか!」と立ち上がるクリリンのような自分が、待っているはずだ。
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引用文献
(※1)DRAGON BALL 完全版 3 (ジャンプコミックス)
補注
(※2)実際には、人間は生物学的に皮膚呼吸しない。
(1)スキーマ
「人生を通して形成された、深く根付いた信念やルール、価値観」のこと。
たとえば:
•「人に頼るのは悪いことだ」
•「私は愛されない存在だ」
•「強くなければ生きていけない」
こういったスキーマは、子どもの頃の経験や、繰り返し受けたメッセージ(禁止令など)から形成される。無意識に根を張っていて、自動思考の“元”になっていると言ってもいい。
(2)認知の歪み
出来事を偏った形で解釈してしまう思考のパターン。認知行動療法(CBT)では代表的なテーマのひとつとされる。
例としては、
全か無か思考:「100点じゃなければ意味がない」
過度の一般化:「一度失敗した=自分は何をしてもダメだ」
心の読みすぎ:「あの人はきっと自分を嫌っているに違いない」などがある。これらは自動思考として瞬間的に浮かぶが、必ずしも現実を正しく反映しているわけではない。
(3)認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy「CBT」と呼ばれる)
ものごとの捉え方(認知)に働きかけることで、感情や行動を変えていく心理療法のこと。
(4)自動思考(automatic thought)
自分の意思とは関係なく、反射的に浮かぶ考えのこと。