
怖い。口が悪い。そして、どうしようもなく優しい
赤いシャツ。
白いネクタイ。
サングラス。
開口一番、「バカ野郎」
どう見ても、警察官には見えない。
というより、
初見では、警察官に職務質問される側に見える。
しかも、階級は警視である。
警視。
偉いのである。
だが、第一印象はだいぶアウトローである。
木島丈一郎。
映画『交渉人 真下正義』で強烈な存在感を残した刑事を
主人公に据えたスピンオフドラマ。
それが『逃亡者 木島丈一郎』である。
物語が始まるのは、2004年10月30日。
東京都台東区のマンションで、
拳銃を持った男が12歳の少年・吉村遼を人質に立てこもる。
現場では、警視庁刑事部交渉課準備室の真下と倉橋が交渉を試みている。
だが、犯人は電話に出ない。
そこへ現れるのが木島である。
「真下ぁ! 何タラタラやってんだ、バカ野郎」
真下を押しのけ、自ら突入。
銃弾を浴びながらも、遼を守り抜く。
事件解決後。
強面の木島を見て怯える遼に、木島は言う。
「何だよ……あっ、俺、警察だよ、お前」
怖い。
本当に怖い。
しかし、この男。
見た目と口調だけで判断すると、かなり間違える。
たとえば、木島の携帯の着信音は、
『男はつらいよ』である。
元マル暴。
SIT現場指揮官。
顔は怖い。
口も悪い。
なのに鳴るのは寅さん。
この時点で、木島丈一郎という人物はだいたい信用できる。
少なくとも、着信音だけは人情派である。
「このガキは、俺達が保護したんだよ」
事件後、遼の身柄は
捜査一課へ引き渡されることになる。
しかし、遼は木島のコートの裾をつかんで離さない。
両親は離婚。
親権を持つ父親は北海道へ出張中。
母親は九州にいる。
その夜、遼のそばに家族はいなかった。
捜査一課の刑事が遼を連れて行こうとすると、
木島が怒鳴る。
「ふざけんな、バカ野郎」
「このガキはな、俺達が保護したんだよ!」
「台東署へは、俺が連れて行く」
ここから、木島と遼の逃避行が始まる。
直属の上司から、
捜査情報が漏れている。
警察内部に裏切り者がいる可能性がある。
署へ戻るな。
逃げ回れ。
そう命じられたためである。
木島は携帯電話の電源を切る。
警察組織の中にいながら、
警察から距離を置き、
一人の少年を連れて北へ向かう。
逃亡者は北へ
木島には、妙なこだわりがある。
「逃亡者っつうのはなあ、昔から北へ逃げんのは決まってんだよ」
誰が決めたのかは分からない。
だが、木島丈一郎の中では決まっている。
「旅といやぁよ、夜汽車なんだよ、夜汽車」
新幹線ではない。
飛行機でもない。
夜汽車である。
逃亡中なのに、旅情がある。
いや、旅情を出している場合ではない。
大宮から新潟へ。さらに青森へ。
途中、カエル急便の配送まで手伝いながら移動する。
サングラスをかけた強面の刑事と、小学生。
二人が田園風景の中を歩いている。
刑事ドラマなのに、
どこかロードムービーのようでもある。
事件は進んでいる。
警察内部の不正も少しずつ見えてくる。
しかし、この作品が丁寧に描くのは、
それだけではない。
木島と遼が、一緒に過ごす時間である。
チキンカツばかり食べていると、鳥になるぞ
ハンバーガーショップ。
木島は遼にチーズバーガーを渡す。
しかし遼は
「チキンカツバーガーがよかった」
と言う。
大宮駅で買った駅弁でも、
「チキンカツ弁当がよかった」
木島は言う。
「チキンカツ、チキンカツって言ってっと、お前、鳥になっちゃうぞ」
逃亡中である。
警察内部に裏切り者がいる。
少年の命も危ない。
本来なら、一刻を争う状況である。
それでも木島は、
弁当の蓋についた米粒まで食べさせる。
「農家の人が一生懸命作った米を残すな。
食べ終わったら蓋をひもで縛れ。
ごみは分別しろ。」
逃亡劇なのに、食育が始まる。
いや、食育だけではない。
生活指導である。
木島は遼に、
「俺がお前を守ってやる」とは、
ほとんど言わない。
飯を食わせる。
寒ければ服を用意する。
危険になれば、自分が前に出る。
木島の優しさは、
ほとんどすべて行動で示される。
本人が言うとおり、
この男、口下手なのだ。
吉村遼は、最終逃亡先の青森で、
ようやく、チキンカツカレーに有りつけることになる。

「ちょっと浮いてるだけだよ」
木島は遼に尋ねる。
「お前、友達いないだろ?」
遼は答える。
「ちょっと浮いてるだけだよ」
今度は遼が聞く。
木島さんは、学校で友達がいたのか。
すると木島も、
「ちょっと浮いてただけだよ」
と答える。
ここで二人が重なる。
12歳の少年。いい年をした刑事。
年齢も立場も違う。
しかし、二人とも集団の中で、少しだけ浮いていた。
木島には、
妻も子どももいない。
親兄弟もいない。
一緒に暮らしているのは猫一匹。名前はタマ。
遼から、「サザエさんだね」と突っ込まれる。
木島は遼に言う。
「本当の友達なんてもんはな、一生で1人見つかりゃ、それでいい」
では、木島自身には、
その一人がいるのか。
そう尋ねられると、
「いやぁ、どうかなあ」
と濁す。
強面で、いつも怒鳴っている木島丈一郎。
実は、かなり孤独な男である。
木島の「勘」と、真下の「分析」
木島には、もう一つ特徴がある。
勘である。
部下の浅尾も、
「いつもの勘ってやつじゃないですか」と言う。
木島自身も、「俺の勘な、外れた事ねえんだよ」と言い切る。
そして実際、その勘は当たる。
木島が経験と現場感覚から事件の異常を嗅ぎ取っていく一方で、
東京に残った真下は情報を整理し、分析する。
やがて二人は、
異なるルートから同じ真相へたどり着く。
違う能力を持つ刑事が、
それぞれの方法で事件を追い、
結果的に一つにつながっていく。
『踊る大捜査線』は、
こういう描き方をする。
「これは、お前の事件でもあるぞ」
遼は、事件の重要な目撃者でもある。
殺された人物。
その人物が残したSDカード。
警察内部から漏れる情報。
そして、遼自身が覚えている犯人の顔。
木島は遼に言う。
「これは、お前の事件でもあるぞ」
子どもだから何も知らなくていい。
大人に任せておけばいい。
木島は、そう扱わない。
一人の人間として、遼に役割を渡す。
その一方で、青森で世話になる山城には、
「あいつ、あの歳して、いろんなもん背負いすぎてんっすよ」
「早く楽にしてやりたいんっすよ」
と漏らす。
本人の前では、一人前として扱う。
本人がいないところでは、
その重荷を心配する。
この距離感も、木島らしい。
「一生にたった一人の友達だったら」
やがて遼は、木島に尋ねる。
「もし、ぼくが、ちゃんとできたら、友達になってくれる?
一生にたった1人の友達だったら・・・まあぼくなんか嫌かもしれないけどさ」
木島は、涙を隠す。そこへ浅尾が、
「木島さん、泣いてますか?」
聞くな。
そこは見逃してやれ。
だが、浅尾は聞いてしまう。
このあたりの遠慮のなさも、木島班らしい。
木島は怒鳴る。
「うるせえなあ、この野郎! デリカシーのねえ野郎だな!」
遼は、もう一度聞く。
「いいかな」
木島は答える。
「おお、いいぜ。そのルール乗った。お前に任すわ」
そして事件終盤。
木島を止めようとする警察官たちに向かって、
遼が叫ぶ。
「やめてください!」
「その人は、ぼくの友達なんだ!」
ここで、関係が完成する。
保護する刑事と、保護される少年ではない。
親子でもない。友達。
木島丈一郎に、
たった一人の友達ができた。
ポイ捨て禁止
木島は、煙草をポイ捨てする。遼が注意する。
「ポイ捨て禁止!」
木島は、
「はい」
と素直に拾う。
あれほど「バカ野郎」と怒鳴っていた男が、
小学生に注意されると、ちゃんと拾う。
警視である。
元マル暴である。
SITの現場指揮官である。
だが、ポイ捨ては注意されたら拾う。
それまで生活の作法を教えていたのは木島だった。
しかしここでは、遼が木島を注意する。
二人の関係が、少しずつ対等になっている。
そして物語の最後。
木島のもとに、遼からクリスマスプレゼントが届く。
携帯灰皿。
この携帯灰皿は、後の映画『交渉人 真下正義』で
木島が実際に使用する。
木島が遼を変えた。
同時に、遼も木島を変えた。
互いに少しずつ影響を与える。
だから、この二人は友達なのだと思う。
木島は、口下手だった
木島が逃亡途中で立ち寄る小料理屋が、
笹塚の「笹美」である。
爆発物処理班やSATが集まる店。
つまり、常連客の圧が強い。
普通の定食屋なら、昼時にサラリーマンが来る。
笹美には、爆処理とSATが来る。
メニューより先に、装備が濃い。
その店の店主・美津子さんは、
木島を「丈ちゃん」と呼ぶ。
木島は、
「丈ちゃんとか呼ぶな」
と照れる。
赤シャツ。
白ネクタイ。
サングラス。
開口一番バカ野郎。
その男が、「丈ちゃん」で照れる。
人間、どこに弱点があるか分からない。
美津子さんは以前、
籠城事件で人質になったことがある。
そのとき担当していたのが木島だった。
木島は、
「俺が口下手だったせいで、救出が遅れた」
と責任を感じていたという。
だから、美津子を気にかける。
それは最初、責任だったのかもしれない。
しかし、責任だけでは終わらなかった。
『逃亡者 木島丈一郎』の最後。
木島は、美津子に渡す婚約指輪を用意している。
そして後年の
『深夜も踊る大捜査線 THE FINAL』。
二人は結婚6周年を迎えていた。
あれほど「丈ちゃんって呼ぶな」と照れていた男が、
美津子と夫婦になった。
責任から始まったものが、いつの間にか愛情になっていた。
ここまでは、かなり人情味のある逃避行に見える。
怖い木島。
振り回される浅尾。
駅弁を食べる遼。
鳴り響く寅さん。
そしてカエル急便。
逃亡劇なのに、どこか温かい。
刑事ドラマなのに、妙に生活感がある。
だが、この物語はそこで終わらない。
遼が目撃した事件の奥には、
本庁の情報漏洩という、笑えない問題が隠れている。
室井慎次の改革が、まだ前を向いていた時代
『逃亡者 木島丈一郎』には、
もう一つ見逃せない流れがある。
警察組織の改革である。
事件の背景には、警察内部の不正が存在する。
情報漏洩。裏金。
そして、管理官・稲垣の関与。
事件解決後、
刑事部長の町屋は言う。
「裏金なんてバカげたものがはびこっている限り、警察機構の再生はあり得ない」
「時間はかかるだろうが、コツコツ摘発していくしかない」
不祥事を隠すのではない。
時間がかかっても、明らかにしていく。
その姿勢を見せる。
さらに町屋は、真下正義ら交渉課準備室の働きを評価する。
「室井に人員を増やしてもいいと言っておけ」
物語冒頭。木島は、
「何が交渉課準備室だ、バカ野郎」
と吐き捨てていた。
しかし事件を通して、真下と倉橋は成果を上げる。
その成果が認められ、
室井慎次が推進する組織改革へ人員が与えられる。
つまり、この時代の室井慎次には、まだ先がある。
改革は、未来へ向かっている。
実は、後年、室井さんの“肩叩き”をしたのは…
そして、ここで一人の人物がいる。
坂村正之。
この時点の坂村は、
警視庁警務部人事第一課監察官室長。
警察官の不正を追及する側にいる。
町屋から、
「室井に人員を増やしてもいいと言っておけ」
と指示を受けるのも坂村である。
しかし、時間は流れる。
後年。『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』。
坂村は、警察庁長官補佐となっている。
そして、5年間にわたって組織改革を続けてきた室井に対し、
「もう5年もやったのだからいいでしょう。」
そういう方向へ話を進める。
言ってみれば、室井慎次への“肩叩き”である。
かつて、室井の改革を前へ進める指示を受けた人物。
その同じ坂村が、
後年、室井の改革に区切りをつける側へ回る。
しかし、これを単純な変節とは思わない。
坂村の立場が変わったのである。
監察官室長だった坂村には、
不正を明らかにする責任がある。
警察庁長官補佐となった坂村には、
組織全体を維持する責任がある。
同じ人物でも、立つ場所が変われば、担う正義も変わる。
『相棒』の神戸尊ではないが、
立場によって、正義は変わる。
それは、室井慎次自身も例外ではない。
かつて警察庁首席監察官の任に就いていた室井は、
青島やすみれから激しく反発された。
(踊る大捜査線 秋の犯罪撲滅スペシャル)
現場に寄り添ってきた室井ですら、
監察という立場に立てば、
現場からは組織側の人間に見える。
人が変わったというより、役割が変わった。
その役割が、その人の正義を変える。
「ちょっと浮いてただけ」の二人の物語
『逃亡者 木島丈一郎』は、
警察内部の不正を暴く物語である。
『交渉人 真下正義』へつながる前日譚でもある。
室井慎次が進める警察改革の一場面でもある。
しかし、「ちょっと浮いていただけ」の二人に、
たった一人の友達ができるまでの物語である。
逃亡者は北へ。
その旅の終わりに、木島丈一郎には友達ができた。
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