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映画『オーバー・ザ・トップ』は“Over the STop”だった──止められた子どもが、自分の物語を取り戻す

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映画『オーバー・ザ・トップ』は“Over the STop”だった──止められた子どもが、自分の物語を取り戻す


オーバー・ザ・トップ

暑い。
暑苦しい。
そして、いろいろ無茶苦茶である。

『オーバー・ザ・トップ』は、1987年公開のシルヴェスター・スタローン主演映画だ。

大型トラック。
荒野の一本道。
ラスベガス。
アームレスリング世界大会。
筋肉。汗。怒号。
そして、父と息子。

80年代アメリカ映画らしさ全開の作品である。

アームレスリングは、日本でいう腕相撲とはルールの異なる競技である。

父親が世界アームレスリング大会に挑み、
息子との絆を取り戻す映画。
そう書くと格好いい。

けれど、子ども目線で言えば、
父が世界腕ずもう大会で勝ちにいく映画である。

だからこそ、当時の学校では腕ずもうが流行った。

勝負どころで指を組み替え、
相手の親指を押さえ、
キャップを反対向きにかぶる。
完全にホークごっこである。

けれど、この映画が妙に胸に残るのは、
腕ずもうの熱さだけではない。

本当に描かれているのは、
父と息子が、
引き裂かれた時間を取り戻していく過程だからだ。


オーバー・ザ・トップ
荒野を走るトラックは、ホークの仕事道具であり、彼の孤独な居場所でもある。

主人公リンカーン・ホークは、トラック運転手だ。
シルヴェスター・スタローンが演じるホークは、
寡黙で、不器用で、熱い男だ。

生活も安定しているとは言いがたい。
家があるというより、
トラックが彼の家のように見える。

それでも、ホークのトラックの中には、
息子マイクの写真がたくさん飾られている。
彼は息子を忘れていたわけではない。

しかし、マイクはそう思っていない。

マイクは、祖父から「父はお前を捨てた」と
聞かされて育ってきた。
だから、10年ぶりに現れた父を受け入れられない。

マイクは、父に向かって距離のある言葉を使う。

「ひとつ、聞いてもいいですか」

実の父親に対して、
まるで知らない大人に話しかけるような口調である。
そこに、10年の空白が出ている。

マイクは言う。

「2、3日で10年間の埋め合わせができるとでもお思いですか」

まったくその通りである。

いきなり現れた父親が、
いきなり親子の絆を取り戻そうとしても、
子どもからすれば迷惑な話だ。

それでもホークは、マイクの拒絶を受け止める。

「嫌いか。そこからスタートしよう」

この言葉がいい。

無理に美談にしない。
父を好きになれ、と押しつけない。
嫌いなら、そこから始める。

『オーバー・ザ・トップ』は、
父子再会の物語でありながら、
最初から「家族だから分かり合える」とは言わない。
むしろ、分かり合えないところから始める。

旅の中で、マイクは少しずつホークの世界に触れていく。

トラックでの生活。
荒野のドライブイン。
大雑把な食事。
そして、腕ずもう。

ドライブインで、ホークはマイクに不良少年との腕ずもうをさせる。

1戦目、マイクは負ける。
そして泣きながら逃げ出す。

「ぼくに恥をかかせたかったんだろ」
「おじいちゃんは、あんたは負け犬だと言っていた」

マイクの中には、
まだ祖父が作った父の物語が残っている。
ホークは負け犬であり、
自分をその仲間に引きずり込もうとしている。
マイクには、そう見えていたのだろう。

しかしホークは、マイクに言う。
負けた相手は不良少年ではなく、自分自身だ。
途中で投げたことが問題なのだ、と。

堂々と戦って負けたなら、恥ではない。
欲しいものがあるなら、自分で掴み取れ。
戦って勝ち取れ。

かなり暑苦しい。
いかにも80年代アメリカ映画である。
けれど、この言葉は後のマイクの行動につながっていく。

2戦目、マイクの目が変わる。
父のキャップをかぶり、
相手に向かって「黙れ。君は息がくさい」と言い返す。

そして押し込まれそうになった瞬間、指を組み替え、
相手の親指を押さえる。
父から教わった技で、マイクは勝つ。

勝ったマイクは、満面の笑みで言う。

「遺伝だよ」

ここがいい。
マイクは、父から受け取ったものを自分の手で使った。

祖父が語ってきた「負け犬の父」ではなく、
自分に戦い方を教えてくれた父として、
ホークを受け入れ始める。

途中、ホークはマイクにトラックを運転させる。

現代の感覚で見れば、
12歳の子どもにトラックを運転させるのは
完全にアウトである。ここは1980年代映画の勢いとして、
そっとモザイクをかけておきたい。

だが、物語としては重要な場面でもある。

上流階級の屋敷で育ち、
祖父に管理され、
父の世界から遠ざけられていたマイクが、
初めて父のトラックのハンドルを握る。
それは、ホークの世界へ入っていく瞬間でもある。

大人びて、理屈っぽく、
父に対して敬語で距離を置いていたマイク。
しかし、トラックを運転させてもらったとき、破顔一笑となる。

ああ、この子は男の子なんだなと思った。

現実なら絶対にダメである。
だが、少年にとって「父の乗り物を運転する」という経験は、
理屈を超えて距離を縮める。

この映画は、そのあたりがとても単純で、とても強い。

そして、物語の核心は手紙である。

マイクはずっと、
父から何も届かなかったと思っていた。
母とは連絡を取り合っていたのに、
なぜ自分にはカードの一枚も送ってくれなかったのか。
そう思っていた。

しかし実際には、
ホークは誕生日にもクリスマスにもカードを送り、
数え切れないほどの手紙を送っていた。
それを祖父が、マイクの目に届かないように隠していたのだ。

ここで、マイクの中の物語が変わる。

「父は自分を捨てた」

から、

「父はずっと自分に届こうとしていた」

へ。

これは、かなり大きい。

マイクは祖父の家を飛び出し、父のもとへ向かう。
しかも、屋敷のガレージにある車を自分で運転していく。

またしても12歳である。
法的にも倫理的にも完全にアウトである。

だが、映画としてはここが熱い。

ホークが教えた運転が、ここで活きる。
父から受け取ったものを使って、マイクは父のもとへ向かう。

これは、単なる脱走ではない。
祖父が作った「父はお前を捨てた」という物語から、
マイクが抜け出す場面である。

原題は、Over the Top
限界を超える、頂点を越える、そんな意味を持つ言葉だ。

しかし、マイクの物語として読むなら、
これは Over the STop でもある。

祖父の制止。
屋敷の制止。
大人たちの制止。
「父はお前を捨てた」という物語の制止。

そのすべてを超えて、
制止を振り切って、
マイクはラスベガスへ向かう。


ラスベガスの会場で、
ホークは世界アームレスリング選手権に挑む。

画面は相変わらず暑苦しい。
筋肉隆々という言葉では足りない男たちが、
汗と怒号と過剰な肉体で画面を埋め尽くす。

決勝戦の前、マイクはようやく父のもとへたどり着く。
驚くホーク。
二人は抱き合う。

そこでホークは、初めて弱音を吐く。

勝てそうにない。

するとマイクは、かつて父が自分に言った言葉を返す。
堂々と戦って負けたなら恥ではない。
欲しいものがあるなら、自分で掴み取れ。
戦って勝ち取れ。

父から息子へ渡された言葉が、今度は息子から父へ返される。

そしてマイクは言う。

「パパが好きなんだ。」
「パパといっしょにいたいんだ。」

ここで、ホークはもう独りではなくなる。

決勝の相手は、5年間負けなしの絶対王者。
だがホークのそばには、マイクがいる。
セコンドとして、父に声をかけ、的確な助言を送る。

孤独なトラック野郎だった男は、息子とともに戦っている。

そして、勝つ。

栄光のトロフィーとともに、ホークはマイクを抱き上げる。
会場は割れんばかりの拍手に包まれる。

それは、新チャンピオンの誕生であると同時に、
父と息子がもう一度、親子として始まった瞬間だった。

熱い。熱すぎる。でも最高だ。

最初は「ひとつ、聞いてもいいですか」
と話していた少年が、
最後には、親子で戦う。
ホークが勝つかどうか以上に、
ふたりで、戦う姿が、もう、この物語の勝利なのだと思う。


オーバー・ザ・トップ
荒野を走るトラックは、ホークの無茶苦茶さと、父子がこれから進む道の両方を映している。

父ホークは愛情深いが、行動は無茶苦茶だ。

ホークは大会前、自分のトラックを売却している。
しかも、その金を自分自身に賭ける。
倍率は20倍。この時点で、すべて失った。

だが勝てば、賞金10万ドル、賭けの払い戻し、
そして新型トラックを手に入れる。
ホークにとっては、息子と生き直す未来を賭けた、
人生丸ごとの大勝負だった。

対して、祖父は金と権力を持っているが、
父からの手紙を隠し、マイクの世界を支配していた。
どちらも、完全に正しい大人とは言いがたい。

しかし、だからこそ、
マイクの行動が重要になる。

マイクは、父を選んだというより、
自分で確かめに行った。
祖父が与えた物語ではなく、
自分の目で父を見ることを選んだ。


『リーガル・ハイ』第8話の親権停止回では、
天才子役が母から離れることで、
自分の人生を取り戻そうとする。

👉 『リーガル・ハイ』第8話考察|子どもの才能は、親の夢を叶えるためにあるのか

リーガル・ハイ
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一方、『オーバー・ザ・トップ』のマイクは、
父へ向かうことで、自分の物語を取り戻す。

向かう方向は逆である。
けれど、どちらも同じものを描いている。

大人が作った物語から、
子どもが抜け出すこと。

親から離れる子ども。
父へ向かう子ども。

どちらも、自分の人生を
自分の手に取り戻そうとしている。

『オーバー・ザ・トップ』は、暑苦しい。
無茶苦茶だ。

だが、父と息子の物語として、妙に胸に残る。

大型トラックが荒野を走る。
少年は、祖父の制止を越えて父のもとへ向かう。
そして最後に、「パパ、がんばれ」と叫ぶ。

それだけで、もう十分なのだと思う。


ちなみに、吹替と字幕を同時に出して見ていると、
台詞のニュアンスが微妙に違う場面がある。
音声(日本語)では「フライドチキン」と言っているのに、字幕では「唐揚げ定食」。
アメリカのドライブインが、一瞬だけ日本の定食屋になる。

こういうズレも、古い洋画を配信で見直す楽しさだ。












オーバー・ザ・トップ<HDニューマスター版> posted with カエレバ
「パパ、がんばれ!」その一言に、10年の空白がほどけていく。 大型トラックで荒野を走る父と息子、そしてラスベガスでの人生を賭けたアームレスリング。 『オーバー・ザ・トップ』は、ツッコミどころ満載なのに、なぜか泣ける。 80年代映画の熱と、スタローンの不器用な父性が詰まった一本です。

  • この記事を書いた人
藤次郎Tojiro

Tojiro


うつと約20年。話すよりも書くことが自然で、いつも言葉を綴ってきた。

子どもの頃から作文や日記が好きで、高校では論文で男子唯一の入賞。2004年からブログを書き、法務職として民間と官公庁の双方で文書を作ってきた。

家族の介護・看取りを経て、今は『相棒』『踊る大捜査線』、織田裕二さん主演作品を中心に、制度のひずみや、善意が無自覚に人を傷つける構造を読み解いている。

“空気”に流されず、“当たり前”とされていることを疑い、自分の頭で物事を考える力を養えるブログを目指している。

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