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『相棒』S2第12話「クイズ王」|相棒ラボ ─ 杉下右京が仕掛けた、もう一つのクイズ

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『相棒』S2第12話「クイズ王」|相棒ラボ ─ 杉下右京が仕掛けた、もう一つのクイズ


相棒 クイズ王


杉下右京は、なぜその選択をしたのか。


『相棒 season2』第12話「クイズ王」

この回といえば、
まず思い出すのは亀山薫だろう。


  • 「島根県の県庁所在地は?」に、堂々と「松山!」
  • イタミンからは「特命係の島根県の県庁所在地は松山さんよぉ〜」といじられる
  • 美和子からは「いいよ! いいよ! バカでいいよ! 薫ちゃんはバカでいい!」という、慰めなのか何なのか分からないフォロー

『クイズ王』は、
そんな薫ちゃんの珍回答で
よく知られた回だ。

ぼく自身、
これまでそういう印象が強かった。

ところが今回、久しぶりに見返していて、
まったく別のところで手が止まった。

右京さん、村瀬真奈美の追い込み方、えげつなくないか。

ここからだった。


「正解です」と言われるたび、村瀬は雄弁になる


右京と薫は、
村瀬真奈美を呼び出す。

村瀬は、自分の能力に
絶対的な自信を持っている。


「わたしは、推理力、洞察力、想像力、いずれも人並みはずれたものを持っているのよ」


わずかな情報さえあれば、
正しい答えを導き出せる。
そう言い切る。

そして特命係が事件にどう関わったのか、
自分の推理を披露していく。

右京は、それを遮らない。反論もしない。
むしろ、


「正解です」


と言う。村瀬はさらに話す。すると、また、


「正解です」


である。



今回は『クイズ王』にちなんで、ちょっと趣向を変えてみた。

読者の皆さんにも、右京の狙いを考えてもらいたい。

正解を競うためではない。自分とは違う見方に出会うための、小さな試みだ。

さて、あなたならどう考えるだろう?


相棒ラボ|心理戦を読み解く
右京の狙いを見抜け!

村瀬真奈美の推理に、右京は繰り返し 「正解です」と答えた。

なぜ右京は「正解です」を繰り返したのだろう?


ここから、村瀬はどんどん雄弁になっていく。

この場面を見ていて、
交渉術で使われる「YES」を重ねる手法を思い出した。

もちろん、右京が村瀬に「YES」と
答えさせているわけではない。むしろ逆だ。
右京自身が、村瀬に対して繰り返し、


「あなたは正しい」


と認めている。

そして、この「正解です」という言葉は、

村瀬にとって特別な意味を持つ。
彼女は、数字を信じている。

偏差値、試験結果、学歴、クイズの正解。
人柄や優しさのような曖昧なものではなく、
客観的に示せるものを絶対視している。

つまり、

「正解できる自分」こそが、村瀬真奈美の自尊心そのものなのだ。

そんな彼女に、
右京が何度も「正解です」と言う。

村瀬の心の中では、何が起きていたのか? クリックで開閉

そりゃ、気持ちよくなる。

「やはり私は正しい」

「杉下右京にも分かるほど、私の推理は正しい」

村瀬は、自分からどんどん高いところへ上がっていく。
右京は、それを止めない。
むしろ上がらせる。そして十分に上がったところで、
突然、足元を崩す。


「ぼく、笑いが止まらなかったんですよ」


相棒 クイズ王

右京は、狙撃手がいた場所に残された
円周率の数字を見せる。

その中に、一か所だけ間違いがある。
本来は「7」であるところが、「1」と書かれている。
と、右京は言う。

右京は、円周率の間違いを見つけたときのことを、


「ふふ、ぼく、思わず、笑っちゃいました」


と話す。

しかも、本当に笑いをこらえきれないように笑ってみせる。

そして、


「犯人は、決して利口ではない」


と言う。

ここでぼくは、うわ、えげつねー。と思った。

右京は、
村瀬が何より大切にしている「知性」を、
目の前で笑っている。

それまで、

「正解です」

「正解です」

と、彼女の「賢い自分」という自己像を十分に膨らませておいて、

今度は、

「犯人は頭が悪い」

「その間違いが面白くて、笑いが止まらなかった」

とやるのである。
村瀬が犯人でなければ、
黙っていればいい。
だが、村瀬にはそれができない。


「狙撃手が写し間違えたとは考えないの?」


と、犯人を擁護し始める。

「1」と「7」は似ている。

メモには正しく書いてあったのに、
狙撃手が間違えたのではないか。
自分から説明する。

右京は、そこで最後の一手を打つ。


「あなたの『1』と『7』なら、あり得ますね。
あなたの書く『7』は『1』に見えるんですよ。」


自分が賢いことを証明しようとして、
自分自身で犯人との接点を明らかにしてしまった。

美しい。そして、えげつない。

右京は「あなたが犯人ですね」と迫っていない。
「犯人は利口ではない」と笑っただけだ。

ところが村瀬は、
自分のプライドを守るために、
自分から罠の中へ入っていった。


村瀬が最も客観視できなかった人物


村瀬は、自分のことを、
「推理力、洞察力、想像力、いずれも人並みはずれている」と言う。
確かに、他人や状況を分析する能力は高い。

だが、この事件では
最大の皮肉が生まれる。

村瀬真奈美が最も客観視できなかった人物は、村瀬真奈美自身だった。

犯人を「利口ではない」と言われれば、
自分が侮辱されたように感じる。

円周率の間違いを
笑われれば、
黙っていられない。

杉下右京に
正解を認められれば、
ますます雄弁になる。

右京は、その性格を完全に読んでいる。
だから、無理に口を割らせる必要がない。
村瀬自身に喋らせればいい。

そして村瀬は、
自分の知性を証明しようとすればするほど、
事件の核心へ自分から近づいていく。


相棒 クイズ王

8か月前、右京さんは「正しかった」


村瀬が右京を恨んだきっかけは、
8か月前にあった。

酒の席で村瀬が、


「怒り心頭に達した」


と言ったとき、右京は訂正する。


「怒り心頭に達するではなく、発するです」


右京らしい。
間違いを見つけたから、正した。悪意はない。
そして、内容としても正しい。

だが、その「正しいこと」が、村瀬には耐えられなかった。

自分と同じ東大卒。
それなのに出世コースを外れ、
聞いたこともないような窓際部署にいる男。

村瀬から見れば、
そんな「情けない生き方」をしている杉下右京に、
自分の間違いを指摘された。
自尊心を傷つけられた。

ここでも彼女は、人間を肩書きで測っている。

だが、特命係という部署は、
肩書きだけ見れば最も見誤りやすい部署でもある。
窓際。出世とは無縁。

事件を解決しても、
表向きの手柄は捜査一課に譲られることが多い。
だから外から見れば、
特命係の実績は見えにくい。
そして何より、村瀬が見誤ったのは杉下右京だけではない。

亀山薫である。

ここについては、
今回の記事で改めて同じことを書くのはやめる。


薫ちゃんがなぜ特命係に不可欠なのか。
なぜ敵は、薫ちゃんを侮ることで失敗するのか。
それは相棒 season24 第17話「惡の芽」の記事で、
かなり詳しく書いた。

『クイズ王』と相棒 season24 第17話「惡の芽」
この二つの記事は、ぜひセットで読んでほしい。


👉️『相棒 season24 第17話』――「特命係は、ふたりでこそ」。亀山薫の価値について

『相棒 season24 第17話』――「特命係は、ふたりでこそ」。亀山薫の価値について 関連記事 『相棒 season24 第17話』――「特命係は、ふたりでこそ」。亀山薫の価値について

『クイズ王』では「松山」と答えて
笑われる薫ちゃん。

だが、その20年以上後にも、
彼を軽く見た人間が同じような間違いを犯す。
ここは、そちらの記事に任せたい。


今度は右京さんが、わざと間違える


すべてが明らかになったあと

右京は村瀬に言う。


「溜飲をおさめることはできましたか?」


村瀬はすぐに反応する。


「溜飲はおさめるじゃなくて、下げる!」


そして言う。

自分は逮捕される。
だが、誰にも負けたわけではない。
杉下右京にも勝ったのだ、と。

右京は答える。


「ぼくが、負けました」


ここが、この回のいちばん好きなところかもしれない。

右京は、間違えたのではない。

わざと間違えた。

8か月前には、村瀬の誤用を正した。

今回も、事件の途中までは
彼女のプライドを徹底的に利用した。
容赦なく使った村瀬のプライドを、
最後には奪わなかった。


事件後、薫が尋ねる。


「ああいう終わり方でよかったんですか? わざと間違えて、負けを認めてやるなんて、らしくないっすよ」


右京は答える。


「彼女に唯一残ったプライドまで奪う必要はありません」


これが、この回の答えだと思う。


正しいことを言うことと、正しく人に接すること


さらに面白いのは、
その直後である。

右京は薫に、
ことわざを出し始める。


「釈迦に?」

「釈迦に念仏」

「説法ですよ」

「糠に?」

「たくあん」


……たくあん。

そして右京は、
いつものように訂正する。
つまり、杉下右京は変わったわけではない。
間違いを見つければ、相変わらず訂正する。

ただ、

誰に、いつ、どのように正しさを使うのか。

そこを変えたのだ。

薫は、訂正されても壊れない。
むしろ教えられたことを覚え、後で使う。

一方、村瀬にとって
「間違いを指摘されること」は、
自分の存在そのものを否定されることに近かった。

同じ訂正でも、
相手によって意味はまったく違う。
右京は最後に、それを見ている。


「正解」を知るだけでは足りない時代に


『クイズ王』が放送されたのは2004年。
それから20年以上が過ぎた。

いまは、分からないことがあればすぐ検索できる。
そしてAIに質問すれば、
多くの「答え」が返ってくる。
そんな時代に見直すと、この回は妙に新しい。

村瀬真奈美は、
「正解できること」に
絶対的な価値を置いた。

だが杉下右京は、
正解を知っているだけでは終わらない。

  • なぜ、その問いが出されたのか。
  • なぜ、この人はこう話すのか。
  • その正解を、今ここで相手に突きつける必要があるのか。

そこまで考える。

そして最後には、
正解を知っていながら、
あえて不正解を選ぶ。

本当の知性とは、
いつでも正解を言えることではない。

正解を、いつ、どのように使うのかを
判断できることなのかもしれない。











  • この記事を書いた人
藤次郎Tojiro

Tojiro

うつと約20年。話すよりも書くことが自然で、いつも言葉を綴ってきた。 子どもの頃から作文や日記が好きで、高校では論文で男子唯一の入賞。2004年からブログを書き、法務職として民間と官公庁の双方で文書を作ってきた。 家族の介護・看取りを経て、今は『相棒』『踊る大捜査線』、織田裕二さん主演作品を中心に、制度のひずみや、善意が無自覚に人を傷つける構造を読み解いている。 “空気”に流されず、“当たり前”とされていることを疑い、自分の頭で物事を考える力を養えるブログを目指している。 『踊る大捜査線』ネットワーク特別捜査員(6234番目に配属)

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