
あの甲斐峯秋が、一礼した。
『相棒 season25』の幕開けを飾った「PMクライシス」
現職総理大臣の秘密、
国際的な諜報活動、国家を揺るがす陰謀。
二週にわたって描かれた事件は、
輿水氏の脚本らしく、実に大掛かりなものだった。
しかし、見直していて、
ぼくが思わず目を留めたのは、
事件の核心とは直接関係のない、
ほんの短い場面だった。
特命係を訪れた、
サイバーセキュリティ対策本部の土師太(通称「はじっち」)
そこには、杉下右京、亀山薫、
そして甲斐峯秋がいた。
峯秋は土師に向かって、こう言う。
「いつも2人がお世話になっているようだね。私からも礼を言うよ。」
その際、
峯秋は立ち上がり、
丁寧に頭を下げた。
ぼくは、少し驚いた。
あの甲斐峯秋が、
特命係に協力する(というより、押し付けられている)
警察官に、わざわざ立ち上がって礼を述べる。
これまでの峯秋を見てきた者には、
その何気ない所作が妙に印象深く映る。
かつて、あれほど高圧的だった人物が。
そう思ったところから、
ぼくの関心は今回の事件を離れ、
甲斐峯秋という人物が歩んできた歳月へと向かった。
息子の本心を知らなかった父親
Season11第9話「森の中」
キノコ狩りに出掛けた最中、
襲われた甲斐享は、生死の境を彷徨う。
右京と、享の恋人である笛吹悦子が
病院へ駆けつける一方、
父親の峯秋は、息子のもとへ向かおうとしない。
峯秋は、享が重傷を負ったことを
すでに知らされていた。
それでも、重要な会合があるとして
病院には行かず、
電話を切る直前、右京にこう告げる。
「万が一のことがあったら、また連絡くれたまえ。」
その後、
享が意識を取り戻したことを伝えようと、
右京が再び電話をかける。
すると峯秋は、開口一番、こう尋ねた。
「死んだのかね。」
右京が、幸い命をとりとめ、
意識も戻ったと伝えると、
峯秋は顔にシワを寄せ、迷惑そうな表情で言い放つ。
「無事だったら、いちいち連絡してくれなくていいんだよ。」
息子の生死を案じるよりも、
連絡そのものを
煩わしく感じているかのような態度だった。
ところが、右京が
享の記憶喪失を告げると、
峯秋は「なんだって?」と反応する。
息子が助かったという知らせには
冷淡だった父親が、
記憶を失ったと聞いて初めて驚きを見せる。
この一連の言動は、
当時の峯秋と享の間に横たわっていた、
深い隔たりを印象づける。
しかし、
Season12第5話「エントリーシート」を見直すと、
少し違ったものが見えてくる。
峯秋は、享が警察官になった理由を、
自分への嫌がらせだと思っていた。
ところが右京は、
その認識を否定する。
享は一度、
一般企業への就職活動をして、
内定まで得ていた。
それでも、
父親が警察にいるという理由だけで、
本当にやりたい仕事を諦めることに納得できず、
警察官を志したのだった。
右京からその話を聞かされた峯秋は、
驚いた様子で笑う。
この笑いを、
息子の本心を知った喜びと
受け取ることもできるだろう。
しかし、映像では
峯秋の表情を
真正面から捉えられているわけではない。
長年抱いてきた思い込みを、
まだ受け止めきれなかったのか。
それとも、
自分の見立てが外れたことへの
苦笑だったのか。
ぼくには、簡単に
喜びの笑顔とは受け取れなかった。
ただ、少なくともこのとき、
父親が知らなかった息子の姿を、
右京は峯秋に伝えている。
親子でありながら、
互いの本心を知らない。
そこに、甲斐親子の確執の深さが表れている。
公正であろうとして、必要以上に厳しくなる
同じSeason12の第10話、元日スペシャル「ボマー」。
警察幹部が狙撃され、
その場から享が少年とともに
逃走する。
逃げる人物が
自分の息子であると確認した峯秋は、
拳銃を構えていた刑事を、
鬼の形相で問い詰める。
「なぜ、撃たなかった?」
この時点で、
享が狙撃犯だと
判明していたわけではない。
警察内部でも、
テロ組織に脅迫されて行動しているのか、
それとも組織の一員なのか、
見解が分かれていた。
それでも峯秋は、
享が武器を所持して逃走している可能性を重視し、
「警察庁指定被疑者特別指名手配」を決断する。
なぜ、そこまで厳しく対処するのか。
峯秋は、右京にその理由を説明している。
警察庁次長の息子が事件を起こせば、
幹部たちは暗黙のうちに配慮し、
捜査が隠蔽へ向かいかねない。
峯秋が事前に幹部たちを集めたのは、
そのような行動規範を捨てさせるためだった。
ここには、警察官僚としての
峯秋の矜持がある。
自分の地位によって、
息子が特別扱いされることを許さない。
その信念は理解できる。
しかし、公正さとは、
身内に手心を加えないことだけではない。
身内だからといって、
必要以上に厳しく扱わないことも、
公正さの一部ではないか。
とりわけ、親子であり、
なおかつ確執を抱えている場合、
客観的な判断は難しくなる。
峯秋は、部下たちが
自分の地位に忖度する危険には気づいていた。
では、自分自身が息子に対して
必要以上に厳しくなる危険には、
どこまで自覚していたのだろうか。
しかも、この事件では、
正木公安部長こそが
事件を仕組んだ人物だった。
正木は、腹心の部下に
内村刑事部長を狙撃させ、
自らが現場の指揮権を握る。
峯秋が組織内の忖度を排除しようとする一方で、
事件の真犯人は、
警察組織の指揮系統を利用していたのである。
公正であろうとすることと、
公正に判断できていることは、
必ずしも一致しない。
ぼくは、峯秋を
冷酷な父親として片づけるより、
この矛盾を抱えた人物として捉えたい。

それでも、父親だった
Season13最終回「ダークナイト」
享が犯した罪は、
父親の峯秋にとっても、
右京にとっても、
受け入れがたいものだった。
享は逮捕され、右京もまた、
相棒の行動を見抜けなかった責任を負う。
しかし、この事件の終盤、
峯秋は右京と享が
空港で言葉を交わせるよう
便宜を図っている。
警察官僚としての峯秋なら、
どう考えただろうか。
逮捕された息子への特別な配慮は、
かつて自らが戒めた行動と重なる。
それでも、峯秋は
二人が会う時間をつくった。
父親としての感情が、
警察官僚としての理屈だけでは
収まりきらなかったのかもしれない。
もちろん、それによって
過去の冷淡な言動が消えるわけではない。
公私の使い分けという問題も残る。
ただ、この人物には、
息子を突き放す厳格さと、
息子を思う情が同居している。
そのどちらも、甲斐峯秋なのだろう。
甲斐家に流れた、もう一つの時間

享の逮捕によって、
甲斐家の物語は終わらなかった。
そこには、笛吹悦子がいた。
Season11第9話「森の中」では、
悦子が、病院へ駆けつける。
意識を取り戻した享は、
全生活史に及ぶ逆行性健忘によって、
自分の名前も、警察官であることも、
悦子との関係さえも思い出せなくなっていた。
「あなたも警察の方ですか?」
そう尋ねる享に、
右京は優しい表情で答える。
「こちらは、キミの大切な人です」
享から名前を尋ねられた悦子は、
「笛吹悦子」と名乗る。
命が助かった喜びと、
自分を忘れられてしまった悲しみ。
そのふたつを同時に抱えながら、
悦子は享のそばにいた。
後に結平の母となる彼女もまた、
甲斐家の物語を支えてきた、
大切な、そして欠かすことのできない人物なのである。
享との間の子を授かったことが判明した直後、
白血病が分かり、
実父から骨髄移植をする。
収監された享を遠くから見守りながら、
息子の結平を育ててきた悦子。
彼女が甲斐家とのつながりを保ってきたことは、
長い年月を経て、
大きな意味を持つようになる。
Season22元日スペシャル「サイレント・タトゥ」では、
結平の学芸会を見守るため、
悦子や峯秋、右京たちが集まっていた。
そして、右京は毎年、
結平にシャーロック・ホームズの本を
一冊ずつ贈っている。
峯秋が全巻まとめて買ってやろうとしても、
結平は右京が一冊ずつ持ってきてくれるのを
楽しみにしているという。
実に微笑ましい。
かつて息子の危篤にも
駆けつけなかった峯秋が、
今では孫のために奔走する。
右京もまた、結平にとって、
毎年の贈り物を楽しみにするほど
身近な存在になっている。
そこには、
事件を解決する刑事たちとは違う、
人間としての顔がある。

Season24元日スペシャル「フィナーレ」でも、
峯秋は出所を控えた享への思いを見せた。
警察官僚としての矜持を
失ったわけではない。
野心も、権力者としての顔も、
以前のまま残っている。
それでも、
家族や周囲の人々への接し方には、
確かな変化が感じられる。
そして、その変化を支えてきたのは、
享や悦子、結平、
そして右京たちとの関係だったのではないか。

右京もまた、変わってきた
「PMクライシス」には、
右京の変化を感じさせる場面もある。
総理大臣との面会をめぐり、
人数が限られる中で、
右京は自分が警部であることを持ち出し、
その場を取り仕切る。
「僕は、これでも警部です。」
右京が、自らの階級を
このように使うのは印象的だった。
右京が総理に会うべき人物であることは、
周囲も理解していたはずだ。
しかし、それを正面から言えば、
先に面会の段取りをつけた
捜査一課の刑事たちの立場がなくなる。
そこで右京は、
階級という、
警察官同士なら受け入れやすい理由を持ち出した。
好奇心の強さも、
真実を追い求める姿勢も変わっていない。
けれど、
目的を遂げるための人との接し方には、
以前とは異なる柔軟さが感じられる。
右京は、歴代の相棒たちとの
出会いと別れを経験してきた。
そして、甲斐家との交流を通じて、
刑事としてだけではない
情緒的な関係も育んできた。
右京が甲斐親子の関係に影響を与えてきたように、
甲斐家の人々もまた、
右京に何かを
もたらしてきたのではないだろうか。
人は、誰かを変えるだけでなく、
その誰かとの関係によって、
自分自身も変わっていく。
小さな一礼の向こうに見えたもの
『相棒』は、
事件が起き、真相が解き明かされ、
ひとつの物語が終わる刑事ドラマである。
しかし、登場人物たちの人生は、
事件が解決しても終わらない。
親子の確執も、愛情も、
後悔も、別れも、
その後の時間へと持ち越されていく。
今回の「PMクライシス」を手がけたのは、
シリーズ初期から数多くの節目を
描いてきた輿水泰弘氏だ。
もっとも、
これまで振り返ってきた甲斐家の物語は、
輿水氏一人によって書かれたものではない。
「エントリーシート」は金井寛氏、
「森の中」は輿水氏、
「ボマー」は太田愛氏、
「ダークナイト」「サイレント・タトゥ」いずれも輿水氏。
そして「フィナーレ」は神森万里江氏。
それぞれ異なる時期のエピソードを
担当した脚本家たちが、
十数年にわたって
甲斐峯秋の人物像を描き重ねてきた。
その歳月の先に、今回の峯秋の一礼がある。
だからこそ、
何気ない会話や所作にも、
それまでの時間がにじむのだろう。
「PMクライシス」が、
登場人物たちの成熟そのものを
主題とした物語だったとは思わない。
けれど、あの短い一礼をきっかけに
過去のエピソードをたどってみると、
そこには確かに、
人間として変化してきた彼らの姿があった。
人は、成熟したからといって、
過去の過ちや矛盾を失うわけではない。
変わらない信念もあれば、
いつの間にか変わっていた振る舞いもある。
そのすべてを抱えて生きている。
だからこそ、
甲斐峯秋も、杉下右京も、
そして彼らを取り巻く人々も、
少しばかり愛おしく見えてくる。
事件は二週で終わった。
しかし、彼らの物語は、今も続いている。

